松本智津夫、麻原彰晃死刑執行に思う、日本人の精神構造
こんにちは、きりりです。
松本智津夫、通称麻原彰晃を含むオーム真理教7名の死刑執行がニュースに流れました。
坂本弁護士一家殺人事件、松本サリン事件など、本当に、事実は小説より奇なり。
さらには1990年代に起きた事件として世紀末を映し出すような事件でありました。
きりりはここで死刑廃止かどうかと言うことに言及する気はありません。
ただ、ここに至るまでに多くの命が無為に殺傷され、精神を病まれた方も大勢いらっしゃいます。
通勤途上で、あのガスを吸った知人はサラリーパーソンを辞めざるを得なくなりました。そんなことが身近にある事件ではあるけれど、なぜこんな荒唐無稽な事件に至ったのか?本件に関してはいろいろな本が出ているけれど、日本人の精神構造の中に、どこか暴発すると止まらないような因子があるような気がしてなりません。
🔹切腹ーharakiri
これが暴発の因子とは思いませんが、これを美化していったのは戦国時代以降とも言われてます。自分で自分のお腹を切り、死ぬというのは、他国にはない文化だけにいろんな、研究が海外の方からされているようです。命じられると、やらねばならぬというこの諦観は、日本独特な感じがします。
🔹神風特攻ーkamikaze
これも世界の常識から言えば異常な行為ですよね。一時期はこの行為を美化するような話がかなりありましたが、隊員が命令だから致し方なしと思いながらも、どこかで複雑な思いを抱えて、この上官からの命令を受け諦観を超えての行動のような気がします。
でも帰りの燃料を積まず、船に突入することが任務という、人権のかけらもないような命令を考えたのも日本人だと思うと恐ろしい気がするのです。
🔹連合赤軍による数々の事件
1970年代の初頭、武力革命によって日本を変えるとした、連合赤軍による数々の事件は、人間とはイデオロギーによってここまで変われるのかというものが多数ありました。
総括と呼ばれる、一人を攻撃する集団リンチは、皆、高学歴であるにもかかわらず、仲間を12人も殺し、沼に埋めるという残酷極まるものであったし、岡本公三らによるテルアビブ空港乱射事件も、世界に日本人は何をするかわからないというイメージを植え付けたように思います。
また、浅間山荘事件も、同年代に起こったものであり、銃撃による死者を出しています。これも追い詰められた連合赤軍の山岳グループが、イデオロギーの崩壊を感じながらも、全くバカバカしい戦いに命をかけた、という結果になっています。
🔹オームはどうなのか?
松本智津夫が唱えた宗教?のようなものに、何か信念があったのかどうかはわかりませんが、今回の死刑囚も、その他の刑事告訴されている人々も、いわゆる、高学歴であり、殺傷がどれほどの罪なのかを分別ができないわけはないはずです。
しかし、山を転々とした連合赤軍と同様に、ある集団単位になった途端、閉鎖的な価値観になり、一般的な常識が通じない世界をどんどん作ってしまう。
ある種の閉鎖的な集団になった途端、そこのリーダーと言われる人にマインドコントロールされやすいのではないか、と思うのです。
陰湿で、常識では計り知れない、バカバカしいアイデアに対し、疑問を抱かず、いや、例え抱いたとしても、それを言葉にせず、盲目的に追随してしまうという因子を感じざるを得ません。
そう、これと同様な事件が起こらないことを、きりりは切に願いながら、日本の教育に足りないコンフリクトを起こしディベートできる力をつけられるような人財を作っていかねば、また繰り返される危険があるのでは、と感じています。
全ての命を落とした方々に合掌…
ちょっと、超真面目な分析になりました。
ではまたね〜〜